北海道新聞:魚眼図

魚眼図 軍隊手帳
 ある日突然、知らない65歳の英国人男性から電子メールが届いた。「太平洋戦争の日本語資料を翻訳できる人はいないか。力になってほしい」との依頼だった。
 昭和初期の日本語が得意ではないことを説明したが、念のため書類のスキャンを送ってもらった。軍隊手帳だった。戦争中兵士に配れたもので、軍人勅諭、教育勅語、経歴等が書いてある。確かに、日本語は非常に翻訳しにくいのだが、教育勅語の英訳をインターネットで見つけた。神戸市出身の角野さんのものであることも確認できた。軍隊手帳の簡単な説明をまとめて、男性にお知らせした。
 最初、男性は軍隊手帳を売るのだろうと思っていたが、短いメールのやりとりの最後に真実が分かった。父親が太平洋戦争に出征していて、国に持ち帰ったものなのだ。どうやって入手したかは不明である(戦争体験について語らなかったらしい)。が、父親が戦争で傷を負って入院した時、この手帳を使って日記を書いていた。男性は父親から手帳をもらってからずっとしまっておいたが、最近気になって内容を知りたくなったそうだ。
 戦争史は、暗い話の多い研究テーマだが、このエピソードでわずかの専門的知識で誰かを喜ばせる場合もあることが分かった。男性は、父親の戦争体験についてさらに理解したがって、手帳を英国の戦争博物館に持っていったが、何のか分からなかった。私に連絡して、欲しかった情報を知って、非常に喜んでくれた。お礼のメールを読んで感動した。
 同時に、私は角野さんがどうなったかということを気になった。が、追求すれば、うれしくない感動が待っているかもしれない。
(フィリップ・シートン・北大大学院准教授=メディア・コミュニケーション)